暑くなってまいりました

 前回の投稿からたっぷりひと月は経過してしまいました……。いったい何のためにブログを開設したんだろう。ばかじゃなかろうか。

 それはさておき、今回紹介する小説は……

 ・『サンマイ崩れ』(著者/吉岡暁、角川ホラー文庫

サンマイ崩れ (角川ホラー文庫)

サンマイ崩れ (角川ホラー文庫)

 であります。
 この本は、数年前に入手して以来、折りにふれ読み返す、ぼくのお気に入り小説のひとつです。「サンマイ」って何なの?という素朴な好奇心から手に取ったのですが、これが予想外に面白い本だったのです。

 まず、表題作でもあり、作者が第13回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した「サンマイ崩れ」ですが、「ホラー」などというよりも、「怪談」と表すのが適当なように思えました。
 話のオチ自体は、手垢がつくほど使われてきた古典的なものですが、作者の巧みなストーリー構成と精緻な描写力がその弱みを十二分にカバーし、かっちりとまとまった佳作に仕上がっています。混沌とした対策本部の様子から始まり、昼もなお暗い熊野の森、そしてクライマックスの墓地と、作者の場面描写の腕は冴え渡っており、その硬質なタッチは、欧米の翻訳小説の趣すら備えています(余談ながら、作者は翻訳会社を経営しているそうです)。また、諧謔味あふれる主人公の青年の語り口や、時に衒学的ですらある膨大な情報の羅列は、作品に独特のリズムを与え、読む人を飽きさせません。
 しかし、やはりこの作品の要は、ミステリアスな雰囲気を漂わせる老人・ワタナベさんの存在でしょう。彼は熊野の人々の間に脈々と受け継がれる山岳仏教の信徒であり、多方面にわたって該博な知識を持つ在野の知識人でもあり、また迷える衆生である主人公を導く「先達さん」でもあるのです。物語の最後に明かされるその正体も含め、「失われた時代」を象徴するような人物であるこの老人の多彩な表情が、作品に深みのある味わいをもたらしているように思えます。ラストに明かされる正体も含め、まことに魅力的なキャラクターでして、ぼくはとても気に入ってしまいました。

 同時収録されている書下ろし中篇「ウスサマ明王」は、表題作とは雰囲気が一変し、時空を超えた因縁が現世にもたらした恐るべき災厄の使者と、それに立ち向かう政府極秘部隊の壮絶な戦いを描く伝奇バイオレンス・アクションです。
 いや、これがもう、ぼくのツボを押して押して押しまくってくれたものですから、嬉しくなってしまったのです。伝奇アクションといっても、菊地秀行夢枕獏の作品のような異能の戦士が激突するような類のものではなく、アメリカのモンスター・パニック映画よろしく、ハイテク装備で寸分の隙なく固めた特殊部隊と、恐るべき呪法によって現世に召喚された怪物・ユーマル(未特定鳥類様擬態生物)との凄まじい戦闘の有様は、下手な軍事スリラーを凌ぐ迫力があります。「サンマイ〜」でも発揮された素晴しい描写力によって描き出される壮絶な戦闘シーン、ユーマルの猛威が過ぎ去った後に残る惨状、人間を超える力を持つ「神の使い」に挑む人間達の有様が迫真のタッチで描かれ、読む者の心をつかんで放しません。また、ユーマル召喚のきっかけとなった過去の悲惨な事件のシークエンスは、寄る辺なき弱者の哀しみや、人間の欲深さや残酷さが描かれ、これもまた迫力あるものでありました。
 また、この作品のキャラクターにはなかなか魅力的な人物が多いのです。それぞれに屈折した過去があり、一筋縄ではいかない複雑な心情を抱えた登場人物たちが、恐ろしい怪物との戦いの中で、暗い過去や己の暗黒面と向き合い、対決する様子は、なかなかぐっとくるところがあります。この作品が映画化されたら、一も二もなく観にいきたいですね。